脳動脈瘤治療に取り組む脳神経外科医

なぜ私は脳動脈瘤治療に注力するのか — 開頭手術と血管内治療、両方を握る理由

脳動脈瘤治療を、なぜ私は自分の主戦場に選んだのか。脳神経外科医 井上靖章が、深夜の手術室で重ねた練習から、開頭手術と脳血管内治療の二刀流、そして「破裂前に救える病気」への思いまでを綴る、連載「脳神経外科医 井上靖章 手記」第3回。

脳神経外科という広い世界の、どこに立つか

第1回では、私がなぜ脳神経外科医になったのかを書きました。第2回では、一度は手術が怖くなった私が辿り着いた「手術技術は裏切らない」という境地について書きました。

脳神経外科という診療科は、外から見えるよりも、ずっと広い。脳腫瘍、てんかんなどの機能的な病気、頭部外傷、脊椎——扱う領域は多岐にわたります。その広い世界の中で、私が自分の主戦場として選んだのが、脳動脈瘤治療でした。

なぜ、ほかでもなく脳動脈瘤だったのか。今日はその話から書きはじめます。「自分の脳動脈瘤、どうすればいいのか」と、今まさに悩んでいる方にも届くように。(連載の第1回・第2回も、あわせてどうぞ)

夜ごと、手術室の顕微鏡に向かっていた研修医

私が「脳神経外科医になる」と決めたのは、初期研修医の2年目でした。その頃から私は、毎晩のように、夜中の手術室に忍び込んでいました。

目的は、顕微鏡に慣れること。そして、顕微鏡の下での細かい操作を、少しでも上手になることです。ガーゼをほぐして取り出した一本の繊維を、髪の毛より細い糸で縫う。人工血管を縫い合わせる。そんな練習を、来る夜も来る夜も繰り返していました。

これは、脳の血管と血管をつなぎ合わせる「バイパス」という手術につながる操作です。バイパスは、脳血管障害という領域の、基本となる手技のひとつ。そしてその脳血管障害の中で、最も治療件数の多い病気の一つが、脳動脈瘤でした。だから私は、研修医のうちから、少しずつ脳動脈瘤に惹かれていったのだと思います。

医者3年目の春、最初のくも膜下出血

それが決定打になったのは、初期研修を終えた専攻医1年目——医者として3年目の春のことでした。

朝7時頃、一人の患者さんが救急で運ばれてきました。前交通動脈という場所の動脈瘤が破裂し、くも膜下出血を起こしていました。検査と処置を済ませ、その日の朝のうちに手術になりました。私は、上司とともにその手術に入ります。

研修医の頃から人より長く練習を重ねてきたぶん、顕微鏡の操作については、上司から一定の評価をもらえていたのだと思います。脳神経外科医として初めての大きな手術が、このくも膜下出血に対する、前交通動脈瘤のクリッピング手術でした。

手術は、上司の指導のもと、とてもうまく終わりました。そして患者さんは、元気に退院されていきました。

動脈瘤を露出させ、クリップをかける。あの瞬間は、いつもそれなりに緊張する。心臓が速くなる。自分の技術を、その一点に集めなければならない。だからこそ——その病気を治しきって、患者さんが元の生活へ帰っていく姿を見たとき、私の中に一つの言葉が浮かびました。

これを、極めていきたい。

すごく危険で、それでいてどこか神秘的な病気に、正面から対峙して、治す。そのやりがいと意義を、強く感じた瞬間でした。その時、私は脳動脈瘤治療を自分の専門にしようと決めたのです。

くも膜下腔の、つやつやと光る神秘

もう一つ、私が脳の血管に惹かれた理由があります。

脳の血管は、それ自体はただの血管です。けれども、手術中に顕微鏡で覗き込むと、まるで違って見える。くも膜下腔という、つやつや、きらきらと光る透明なスペースの中を、一本の構造物がするりと走っている。それが、脳の動脈です。

何度見ても、きれいで、神秘的な臓器だと思う。

その血管を、傷つけないようにそっと扱いながら、正しい血流を残したまま、動脈瘤だけを処理する。もし血流の道筋が足りなければ、血管同士をつなぎ合わせて新しい道筋を作る——バイパスをする。こうした手技は、脳神経外科医にしかできない仕事の一つです。

「破裂前に救える病気」という発想

脳動脈瘤という病気には、ほかにはない独特の性格があります。それは、破裂する前なら、救えるということです。

私たちは、破裂してしまったくも膜下出血を、数えきれないほど治療してきました。それは、昨日まで当たり前に日常を送っていた人が、ある日突然、重い脳卒中に襲われる病気です。明日も同じ毎日が続くと信じていた人が、命のリスク、後遺症のリスクに、いきなりさらされる。

起きてしまった後は、最善の治療をするしかありません。けれど、もし破裂する前に、未然に治療できていたら。これほど良いことはない、といつも思います。

だからこそ、破裂のリスクが高い形・大きさ・場所の未破裂脳動脈瘤をお持ちの方には、安全に治療を受けられる施設で治療を検討する価値が、十分にあると考えています。

外来で見ていた動脈瘤が、破れて運ばれてくる

「もし、事前に治療できていたら」と思う瞬間は、正直に言えば、あります。外来で経過観察していた未破裂の動脈瘤が破裂して、救急搬送されてくる。そういう事例を、年に何件か経験します。中には、「そろそろ治療しましょう」と準備を進めていた、その矢先の方もいらっしゃる。

あと少し早ければ、この重い脳卒中は起きなかったのではないか。そう感じることが、確かにあるのです。だから、破裂リスクが高く、しかも比較的安全に治療できる動脈瘤であれば、未破裂の段階できちんと治療しておきたい。

開頭手術と脳血管内治療、両方を握っておく理由

脳動脈瘤治療には、大きく二つの道があります。一つは、頭を開けて動脈瘤に直接クリップをかける開頭手術(クリッピングや、バイパス・トラッピング等)。もう一つは、脚の付け根などからカテーテルを進めて内側から治す脳血管内治療(コイル塞栓術・フローダイバーター・WEB等)です。

私は、この両方を、できるだけ高いレベルで使えるようにしておきたいと考えてきました。理由は、シンプルです。どちらか片方しかできないと、その片方に偏った治療を勧めてしまうから。

多くの動脈瘤は、開頭手術でも脳血管内治療でも、同じくらいの成績を出せます。成績が変わらないなら、体への負担が少ない脳血管内治療を選ぶべきだと、私は思っています。

けれども、たとえば血管内治療では「ある程度は治るが、少し再発するかもしれない」、一方で開頭手術なら「少し複雑だが、根治できる可能性がとても高い」——そんな動脈瘤もあります。このとき、複雑な開頭手術ができなければ、血管内治療で“お茶を濁す”ことになりかねない。逆に、血管内治療の最新デバイスを使いこなせなければ、本来は軽く済むはずの患者さんに、大きな開頭手術を強いてしまうかもしれない。

二刀流でなければ治せない症例は、実はそれほど多くありません。けれども、両方を持っていないと、患者さんにとってのベストではない治療を、知らずに勧めてしまう。だから私は、両方を握っておきたいのです。

「血管内ですべて治せる時代」と言われても

「もう血管内治療で、すべて治せる時代だ」と言われることがあります。半分だけ本当です。正しくは、「上手に開頭手術ができる術者がいるなら、開頭手術をするべき動脈瘤が、今でも数多くある」。その高度な開頭手術ができる術者が年々減っているから、血管内治療で何とか治している——それが実情です。だから私は、成り手の少なくなった顕微鏡下の高度な開頭手術も、自分の手でトレーニングし続けてきました。

道筋がないなら、作ればいい

一人の患者さんの手術の話をさせてください。プライバシーに配慮して、細部は変えてあります。

その方は、これまでに三度、くも膜下出血を経験されていました。若い頃の二度は遠方で、それぞれ開頭クリッピング手術を受けています。三度目の破裂は数年前、私たちのいた病院の近くで起き、別の医療機関でコイル塞栓術等の血管内治療が行われました。

ところが、コイルを詰めた動脈瘤が、その後だんだん大きくなってきた。三度も出血を経験している方です。その不安は、想像にあまりあります。

根治するなら、クリッピングのほうが可能性が高いと聞きました。

そう自分で調べて、その方は私のところへ来られました。

けれども、動脈瘤はすでに非常に大きく、過去のコイルも入っている。周りの組織との癒着や、脳幹へ向かう細い大切な血管——穿通枝の確認が、極めて難しい手術になることが予想されました。私は、開頭クリッピングはリスクが高いと、何度も何度も、ていねいに説明しました。

それでもその方は、根治の可能性が高いクリッピングを望まれた。私は、可能な範囲で血管内治療を、と勧め続けました。母血管にステントを置いて、動脈瘤にコイルを詰める方法です。

術中に道筋を作る、というもう一つの計画

ところが——そのステントを通すための道筋が、もう残っていなかったのです。度重なる治療で、道が閉じてしまっていた。

そこで私は、一つの方針を立てました。まずクリッピングを目指して開頭する。けれども術中に「これは危険だ」と判断したら、その場で血管内治療へ切り替える。ただし、切り替えるにも道筋がない。ならば、開頭している間に、ステントを通すための道筋そのものをバイパスで作る。そのバイパスを通してカテーテルを入れ、ステントを置き、コイルを詰める——そういうバックアップを用意したのです。

その方は、よく理解し、納得して、手術に臨んでくださいました。

実際の手術は、やはりクリッピングは困難でした。動脈瘤は大きく脳幹に食い込み、強く癒着していて、大切な穿通枝を確認することができない。私たちは予定どおり、用意していたバイパスを作り、そこからステントとコイルによる治療へ切り替えました。

手術は、無事に終わりました。その方は元気に退院し、数年経った今も、再発なく経過しています。

道筋がないなら、作ればいい。これは、開頭手術と脳血管内治療の両方を握っているからこそ取れた一手でした。私たちはこれを「ハイブリッド」と呼んでいます。

治療を「勧めすぎない」ということ

では、「井上に脳動脈瘤治療を頼む」とは、ほかの医師に頼むのと何が違うのか。技術を誰よりも高めておくのは当然の大前提として、その上で私が大切にしている姿勢を、二つだけ書きます。

一つは、治療を勧めすぎないこと。経過観察が妥当な未破裂脳動脈瘤に対してまで、「治療したほうがいい」というプレッシャーを患者さんにかけていないか。私はそこを、いつも自分に問いかけています。脳動脈瘤は、部位・大きさ・形、そして患者さんの背景によって、破裂のリスクが大きく変わる。「未破裂だから一律に治療」でも、「一律に様子見」でもありません。

もう一つは、すべての選択肢を、フラットに並べること。経過観察、クリッピングやバイパス・トラッピング等の開頭手術、コイル塞栓術などの脳血管内治療。医師にはそれぞれ好みや得意不得意があります。けれども私は、自分の得意に引き寄せず、すべての選択肢を平らに並べ、すべての情報を開示したい。その上で、患者さんの生活やご家族の思いを受け取りながら、一緒に決めていく。それが、私の考える脳動脈瘤治療です。

「手術技術は裏切らない」と、ここでつながる

第2回で、私は「手術技術は裏切らない」と書きました。脳動脈瘤治療は、開頭手術でも血管内治療でも、術者によって技術の差が大きく出る領域です。どの治療も、いつでも万全の体制で差し出せるように、技術を積み重ね、高め続ける。その姿勢が、「患者さんに最も良い治療を届けたい」という願いと、まっすぐつながっています。

自分の家族を執刀できない技術で、人様を手術するな。

谷川緑野先生に教わった言葉です。脳動脈瘤治療でも、私の根っこにあるのは、いつもこの一行です。

今(2026年)、脳動脈瘤治療をどう進化させたいか

医師のキャリアをtrimestersに分けると、私はちょうど 2nd trimester、挑戦の時期に入ろうとしています。これからの脳動脈瘤治療を、私はどう進化させたいか。三つ、書きます。

新しいテクノロジーを、けぎらいしない

一つめは、テクノロジーとの向き合い方です。フローダイバーターや、瘤の中に入れるWEB(イントラサキュラーデバイス)のような新しいデバイスが次々と登場し、さらにAIによる支援も入ってきています。

経験を積んだ脳神経外科医の中には、「自分には新しいものはいらない」「これまでのやり方でやってきた」と、新技術を遠ざける人もいます。私は、逆でありたい。新しいものを積極的に取り入れ、もし自分のこれまでの考え方と大きく違っていても、柔軟に受け入れて、その時代に合った治療を届けたい。

技術だけでなく、「患者さんへの向き合い方」も伝える

二つめは、教育です。開頭手術の技術、血管内治療の技術——それをきちんと伝えるのは、当然のこと。でも、それだけでは足りません。

未破裂脳動脈瘤は、ほとんどの場合、症状のない病気です。経過観察も選択肢に入れながら、方針を立てる。そのとき、患者さんにどう向き合い、どう話すか。一緒に治療を支えてくれる看護師さん、技師さん、麻酔科の先生、事務の方——そうした仲間と、どう信頼関係を築くか。こうしたことも、脳神経外科医の教育に含まれているべきだと、私は考えています。

湖東記念病院を、選択肢を“公平に選べる”治療センターに

三つめは、場所のことです。この地域には、未破裂脳動脈瘤の治療をセンターとしてまとめ、すべての治療法をいつでも行える施設が、まだ多くありません。

2026年7月から私が脳神経外科部長を務める滋賀県の湖東記念病院を、この地域の患者さんが、すべての選択肢を公平に選べる治療センターにしていきたい。未破裂脳動脈瘤は、経過観察という長い付き合いも大切な病気です。長い時間をかけて地域の患者さんを支え、地域で後進を育てながら、医療を少しずつ良いものにしていく。それが、5年後、10年後に向けた私の願いです。

おわりに — 「動脈瘤がある」と言われた、あなたへ

脳ドックや健康診断で、「未破裂の脳動脈瘤があります」と突然言われたら。多くの方は、強い不安に襲われると思います。脳の、しかも破裂すれば脳卒中になりうる病気が、何の前ぶれもなく見つかったのですから。当然のことです。

だから、覚えておいてほしいことがあります。未破裂脳動脈瘤は、「あるから即治療」でも「あっても放っておく」でもない、ということ。部位・大きさ・形、そしてあなた自身の背景によって、答えは一人ひとり違います。

もしまだ脳神経外科の主治医がいなければ、近くの信頼できる脳神経外科医を、一度たずねてみてください。そして、もし私のところへセカンドオピニオンに来てくださるなら——私はまず、あなたの動脈瘤を私自身の目で評価し、私個人としてどう考えるかを、公平にお伝えします。元の主治医の先生と違う意見になることもある。そのときは、お話の仕方にも、いっそう気を配ります。

破裂してからでは、できることが限られる。けれど、破裂する前なら、一緒に考える時間がある。

その時間を、あなたと一緒に、ていねいに使いたい。

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脳動脈瘤治療に取り組む脳神経外科医 井上靖章

井上靖章(いのうえ やすあき)

脳神経外科医・医学博士。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医。京都大学医学部卒業。米国メイヨークリニック留学、ハーバード大学医学部ブリガム&ウィメンズ病院フェローを経て、33歳で脳神経外科部長・脳卒中センター長就任。2026年7月より湖東記念病院脳神経外科部長。顕微鏡下手術と血管内手術の両方を駆使して、患者さんの人生に寄り添う医療を実践している。

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